ciao dio

お父様が30年続けてこられた羽村のお寿司屋さん、ご高齢もありやむなく閉店される
機に、都内出店を諦めご子息が場所を継承されることに。
不思議なことにこの年は寿司店からイタリアンへの改装が2物件ありました・・・
駅前ビルからの眺望は素晴らしくお二人で運営するには少し贅沢な空間ですが
奥行き800m/m、ワイド4m超えのダイナミックなカウンターキッチンや
古木で囲われたサロンのような個室を贅沢に取ることができました。

竣工:2018年03月
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ciao dio
住所
東京都羽村市 五ノ神1-8-9 小野ビル5F
竣工日
2018年03月 開店
営業時間等
営業時間 18:00~22:00 (L.O.21:00) 
坪数
27.3坪
施工前と施工後
お店の紹介
父親は昔気質の鮨職人。幼少期から家業の鮨屋を手伝いながら、小野智弘さんは東京の羽村で育ちました。
そんな小野さんが選んだのは、なかば父親に反発するかたちでのイタリア料理の道。父親が体調を崩すまで30年間続いた鮨屋の空間を引き継ぎ、2018年3月、「chao dio」をオープンさせました。
都心で自分の店を持つ。その予定で修行を続けてきた小野さんが最終的に選んだのは、地元の羽村に戻り、かつての父の店にふたたび明かりを灯すことでした。
そんな小野さんの、オープンまでの物語を伺ってきました。
(2020年8月24日 取材)

— イタリアンのお店でもいろいろあると思うんですが、ciao dioはどんなお店といえますか?

基本的なコンセプトは、気軽に立ち寄れるイタリアン。羽村のような田舎では、こういった内装にこだわっているお店、食材にこだわっているお店っていうのは少ないので、その辺ですかね。

— もともと小野さんが飲食に携わるきっかけっていうのは?

うちの親父が鮨職人で、そういった環境で育ったので、常に食材に触れている時間が多くて、

— 小さい頃からお手伝いとか?

してましたね。だから家の飯とかも作ったりとか。

でも最初は美容師になりたくて。

そしたら親父がおふくろに「息子には料理をやらせろ」みたいになって。頑固ジジイだったんで(笑)。

じゃあ鮨じゃなくて違うものをやろうと。

で、よく小さい頃、羽村のイタリアンに連れてってもらってて、小中学校くらいまでかな、そこのジェノヴェーゼのパスタが美味しかった記憶があって、専門学校へ行こうってなったとき自然とイタリアンを選んで。

そんなきっかけです。

— それから学校を卒業し、修行されて?

そうですね。ずっと都心で。青山、表参道、渋谷、浜松町、新宿と。9店舗でいろいろ働いて。

自分のお店をやる前にはイタリアにも行って。2ヶ月ぐらいかな。

— 2ヶ月、けっこう回りましたね?

イタリア全域、旅行がてら、ピエモンテ以外はぜんぶ回りましたね。

パルマに日本人のシェフがいたから、そこでちょこっとキッチンのお手伝いをしたり。

あとは南の料理が好きだから、ナポリとかシチリアを特に回ってました。

— その経験から影響を受けたことってあります?

あります。

やっぱりね、イタリアはその地域で穫れた食材しか食わないんですよ。

いちばんビックリしたというか、知識としては知ってたけど実際にそんなこと言うんだって思ったのは、ボローニャでこんなことがあって。

ボローニャなんで、ボロネーゼを食べようと思って店に入ったんです。でもピザも置いてあったから、もちろんナポリへ行ってピザは食うつもりだったけど、ボローニャでも食べようと思って頼んだんですよ。

そしたら「こんなところのピザを食うんじゃない」みたいに言われて。「せっかく食べるんだったらナポリへ行ってらっしゃい」とか言ってくれて。あ、これはすごいなと。

— お客さんがそう言ってくるんですか?

いやいや、従業員がそう言うんですよ。

— あっ、従業員が(笑)

そこにすごい感銘を受けて。このこだわりってすごいなと思って。

で、「いちばんのお勧めは」って訊いたら、ボロネーゼが出てきて。まあ、めちゃくちゃ美味しかったかな。

日本の食材も素晴らしいんだけど、イタリア料理に合ってる食材。そのマッチがすごくよくて。

日本人の料理人のほうがもちろんテクニックはあるんだけど、

— そうなんだ、

と言われてるんですけど、敵わない部分があるなと。

やっぱりね、そこの食材、そこでずっと作ってきた伝統料理っていうものの凄さですかね。

この体験で、けっこう変わりましたね、料理の感覚というか、イタリア料理を作るにあたっての感覚が。

今までは日本で修行してきて、イタリア料理の基本があって「これがイタリア料理です」って出してたわけです。

でも、「イタリア料理はこれだ」ではなく、この羽村という地域に合うもの、この年齢層の方にはこういう料理の作り方っていう考え方に変わりました。

例えばカルボナーラ、安い店だとイタリアでは卵黄とチーズとパンチェッタとだけなんです。生クリームとか入れないんですよ。でも日本だと生クリームをがっつり入れて、みたいなカフェがあったりして、そういうのをけっこう否定してたんです。

だけど羽村でお店を開いて、ここではファミリー客が多かったりするわけで、そういう料理もするようになったっていうか。

— なるほど。そこに住んでる人の目線にね。

そうなんです。

— じゃないと、そこの地域での料理の文化みたいなものが成立しない、「イタリア料理はこれだ」って専門的な目線で押し付けるより、そういうことのほうがけっこう大切なんじゃないかっていうことですね?

そうなんです。

なので、日本でイタリアの料理文化そのままは無理なんだったら、お客さんに合わせた、この土地に合ったメニューを作ろうと。そう考えるようになったかな。

— ちなみにここはご両親の持ち物件でしたっけ? このビル自体が?

そうです。僕の実家がここで、もともとはビルじゃなくて平屋。その平屋で鮨屋をやってて。

それを17年ぐらい前に今のビルにして、それからは自分たちはこの5階で鮨屋をやってきたんです。

僕自身は都心で自分のお店をやろうと、ずっと物件を探してたんだけど、親父には帰ってこいと言われてて。そうこうするうちに親父もちょっと体調を壊して、2年ぐらい店を閉めてたんですよ。でも、明かりをつけておきたいっていうことで。

僕自身は、都心に知り合いがいっぱいいて、そっちでお店を開いて成功したいって思ってたんですけど。

でも、それも年齢を重ねていくごとに、「どこの地域でやっても本当のところは変わらないんだな」と思うようになって。

当時、羽村のこの辺は店がつぶれていくばっかりだったんだけど、それも逆にチャレンジかなと思って。それで地元に戻って、ここでやることに決めましたね。

で、親父はオープンして7ヶ月したころに死んで。でもまあ、よかったですね。最後に親孝行じゃないですけど。

— ああ、ぎりぎり間に合って。

「イタリアンなんて、なんだ」って言ってた鮨職人の親父が、チーズとかそういうものが大嫌いだったのに、このカウンターに座って「なんじゃこのピザは、旨い」って食ってた。

— いいですね。

あとは僕が小さい頃、鮨屋を手伝ってた僕をいろいろ教育してくれたお客様が、何十年ぶりかに再開して、今度は自分の料理を食べてるのを見た時は、ちょっと興奮しましたね。

だから地元でやる良さって、

— ありますね。

両親には感謝ですね。

— この店の施工をを山翠舎に頼んで、こういう風にしたいって思ったのは、どこから出てきた感覚だったんですか?

もともと知り合いの内装屋さんがいましたし、でもいろいろ見てて、山翠舎さんが手がけたお店、実際に食べにも行ったりして、いい店だなあと。

まあ、もともと鮨屋だったんで、とにかく和を感じさせる古材の雰囲気、そういうのがいいなあというのもありました。

— 内装でこだわったポイントはどんなところですか?

このあたりのイタリアンではうちが一番価格が高いので、気軽に立ち寄れるんだけど落ち着く空間っていうのを作りたかったから、まずは古材を使いたいっていうことですよね。

照明もこだわりましたし、ほかにも空間を広くしたかったから天井をぶち破って、ゆっくり長居できる空間に。

あとはカウンターだね。かなり広いカウンターを取り付けてもらって。

— オープンから2年半ほど経ちましたけど、これからどんな店にしていきたいですか? もしくは、自分の人生をこういうふうにしていきたいっていうのはありますか?

難しい質問ですね。

今まで通り何も変わらず、来てくれたお客様を常に満足させる。それしかないかな。

この辺の飲食店ってほんとうに新規参入が大変で。うちの親父みたいに30年やってきたような昔のお店しか残ってなくて。新しいお店はすぐになくなってしまうんです。

だけど、だんだん住んでいる人たちも変わってきてはいるんですよね。今残ってる昔ながらのお店のほとんどは地元密着しすぎてて、新しく住み始めた人では入りにくかったりするんで。そういう人たちでも入れるようなお店を自分は作りたいなと思ってます。

あえて最初はSNSも宣伝もせず、オープンのお花も断って、こっそりと始めたんですけど。それでもだんだん口コミで広がって、売り上げも毎月どんどん伸びていって、2年目もさらによくなっていったんです。「3年目が勝負だね」って思ってたところ、3月になってコロナだよね。

でもこのコロナを僕はけっこうポジティブに捉えてて。

たくさん休めたおかげで忙しいときには気づけなかったこともいろいろ見えてきたし、考えられたし、しかも修正していける期間なので、これをどうにか乗り切ってまた軌道に乗ったときも、今のこの気持ちを忘れずにやっていきたいかなって。

— 今日はありがとうございました。

▼古木情報

小川村日陰、富倉

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