千葉県香取市佐原は古くから水郷の町として栄え、その古の町並みを今に伝えている。

そんな佐原で300年以上続く和菓子店「虎屋」が、2021年4月にリニューアル・オープンした。

歴史と伝統を継承しつつも内装をガラリと変え、商品も一新して生まれ変わったこの老舗の店主・高橋良輔さんに、 リニューアルにあたっての思いを聞いた。

ー虎屋さんが創業したのは、江戸時代初期のことだそうですね。

高橋:はい、明暦3年、西暦1657年創業で、私で19代目になります。

ーその当時からこの場所にお店があったんですか?

高橋:もともとはここから500メートルほど離れたところにあったのですが、でもずっとこの佐原の町(現・千葉県香取市)で商売をしてきました。

佐原という場所は商いの町で、昔から利根川とその支流の小野川が交通手段として利用されてきたんです。

今で言う首都高みたいなものですが、銚子から江戸への物流の途中、その休憩所もしくは荷下ろしの中継地点として栄えた町なんですよ。

ー今も残る古い木造建築の町並みは、そうした歴史を背景としているんですね。創業当時の商品はどんなものだったのでしょうか?

高橋:さくら羊羹とかさくら饅頭、かわら煎餅といったものが主軸だったと、古い書物には残っています。

それから、今回のリニューアルに合わせて復活させた「とらやき」を看板商品としていたようです。

ー当時から「とらやき」を?

高橋:そうなんです。「とらやき」は今回開発したものではなくて、もとは3代前で途絶えていた商品なんですよ。

太平洋戦争でみんな兵隊として駆り出され亡くなってしまったので、製造を引き継ぐ人間がおらずに再現できなくて、今に至っていたんです。

それで私が家に残っていた配合帳を見つけて、それをもとに復元したのが今回の商品なんです。

ーその秘蔵とも言える配合帳が、店頭の商品ケースに飾られていましたね。

高橋:本来は門外不出のものなんですが、飾っています(笑)。

この「とらやき」は“勝ち菓子”と言って、縁起菓子なんです。

要は買った方や貰った方に幸運を運ぶ、あるいは五穀豊穣、無病息災を祈願するという意味が込められています。

ですので、私は毎朝、近くにある香取神宮の本殿の脇から湧き出る御神水を汲み、そのお水で小豆を炊いていますし、また生地にもそのお水を使わせていただいています。

香取神宮は経津主大神(ふつぬしのおおかみ)と言って、商売繁盛や勝負運にもご利益のある神様なんです。

ー「とらやき」を復刻する前は、どんな商品があったんですか?

高橋:普通の和菓子職人が作る朝生菓子と言われるもの、羊羹、饅頭、草餅などをはじめ、カステラ、アップルパイなどの洋菓子、それからお煎餅も。
いろいろ手広く扱っていて、もう何屋かよくわからないですよね(笑)。

ーそれで今回、高橋さんが受け継いで、店舗も商品もリニューアルされたんですね。

高橋:商品に関して言えば、本質に戻しただけですね。

売れていないお店というのは、手広くやりがちなんですよ。

でもちゃんとしているところは、王道で、筋が通っている。

私は何屋かよくわからないけれど歴史だけはあるというところが嫌で、情けないなと思っていたんです。

それで「とらやき」を含め、商品を全て新しくして、5種類に絞りました。

店舗の改装では、実は3年越しで山翠舎さんとお付き合いをすることになりました。

ー地元の工務店などではなく、なぜあえて長野に本社のある山翠舎に依頼したのですか?

高橋:山翠舎さんは知人からの紹介だったんですが、やはり頼れる実績があるのと、しっかりと話のできるところとパートナーを組みたかったんです。

地元もいいんですが、“付き合いで”という感じが嫌なんですよ。

付き合いがあるから言いたいことも言えないというのではなく、ちゃんとぶつかってでも良いものを作り上げるという気持ちで臨みたかったんです。

ーそれで実際に山翠舎とお話をしてみて、いかがでしたか?

高橋:山上社長とお話をさせていただきましたが、この会社だったら間違いないなと思いました。

設計の段階から何度も何度も変更点が出てきたんですが、山翠舎さんの担当の方にはたくさん足を運んでいただきましたし、大変だったと思います。

その何度も変更せざるを得なかった理由が、佐原の町が古い町並みや景観を保存するという“重要伝統的建造物保存地区”なので、勝手に改装改築ができないからなんです。

行政の許可がないと、軒先一つにしても「何センチ下屋を出さなければならない」など指定が厳しくて、なかなか前に進まない。

そうした許可を取るのにかなり時間がかかって、結局着工までに3年も経ってしまいました。

ー以前のお店の写真を拝見しましたが、それと比べると歴史を感じさせつつも現代的でスタイリッシュな店舗になりましたね。

高橋:こういうお店にしたいというリクエストを私から出して、それを山翠舎さんから形にして提示していただいたんですが、それらを行政に見せるとあれもダメ、これもダメという感じで、削ぎ落としていって出来たものが今の形です。

以前は店の入り口が道路に面していましたが、でも今回はそうしませんでした。

道路に面して入り口をつくると、北向きになるので店の中が暗いんです。私は店が暗いのが嫌でした。スタッフの気持ちも暗くなるし、運気も良くないですしね。

それでリニューアルにあたり東向きの入り口にして、日光をたくさん採り入れるようにしました。
それに、陽の光だけではなく、店内には通常の倍の数の照明を使っています。

山翠舎さんに「そんなに要らないですよ」と言われたんですけど、「いや、要ります」って(笑)。そこはこだわりましたね。

夜になると、この辺りの建物の中では一番光っていると思います。
というのも、宣伝効果も含めとにかく人の目に付くようにしたかったんですよ。

この辺りは香取神宮の参道のお店と一緒で、夕方5時になるとみんな閉まっちゃうんです。

でもウチは夜7時まで、あえて2時間長く営業しています。
明るい光を放っていると、帰宅途中の人などに対してコマーシャル的な効果があるんじゃないかなと思っています。

ーリニューアルにあたってのお店のビジョンが、とても明確だったんですね。

高橋:そうですね。まず大前提として”縁起の良いお店”という考えはありました。

それで明るいお店にしたかったんです。

縁起ということで言えば、入り口正面に七福神が、その反対側には鶴亀が彫られた欄間を飾っていますが、これは七福神でお客様をお迎えし、鶴と亀でお見送りをするという意味を込めています。



それから、ウチが全盛期と言われていた時代、たぶん大正の頃だったと思うんですが、とても活気があったらしいんです。

たくさんの使用人がいて、みんなで明るくワイワイとやっていた。
そんな本来の虎屋に戻したいという思いが、4年前に他界した母親にありました。

戻せるかどうかはわからないんですが、正しいことをちゃんと一歩づつ、正しくやっていこうと思っています。

ーリニューアル・オープンして2ヵ月弱ですが、新しい商品も含めてお店の評判はいかがですか?

高橋:やはり明るくなったね、雰囲気がいいねという感想は、近隣からもよく耳にします。

これまでは薄暗かったし、何屋だか明確ではなかったというのもあって、なかなかお客さんに来てもらえなかったんです。

地元でも足を運んでくれる方は常連さんしかいなくて。
でも今は、近隣の方も足を運びやすいと言っていただいています。

リピーターもかなり多くて、そうした方に買いに来ていただいているのが間違いなく「とらやきバター」ですね。

ー「とらやき」ではなく?

高橋:看板商品は「とらやき」で、「とらやきバター」の方はちょっとしたアイデアで作ってみたんです。

でもこれが、自分で言うのも何ですが本当に美味しい(笑)。お子様からご年配の方まで必ず喜んでいただけると思います。

あと“ブレていない和菓子屋”としてお伝えできるとすれば、小豆には本当にこだわっています。

餡子が美味しいと、お客様は必ず来てくれますからね。自分へのご褒美として買っていかれる方もいらっしゃいますが、それ以上に贈答品として買われる方も多いです。

ー今後の展望として考えていらっしゃることはありますか?

高橋:まず五カ年計画として地元に「とらやき」をもっと浸透させたいですね。

いずれは千葉県全体、そして全国でも販売したいですし、できれば近い将来、海外でも食べていただけるようになればと思っています。

また十カ年計画としては、工場を新設してもっと会社を拡大したいと考えています。


それにより、2030年までの目標達成として掲げられているSDGsへの取り組みも含めて、長期高齢化社会における地域雇用の安定を担うことができればと思っているんです。